2013年05月14日

『敵を殺す者は怒りなり』について

 弊塾のサイトに次ぎのようなご質問が寄せられました。孫子解釈における重要な論点なので管理人の回答を添えてご紹介いたします。

〈ご質問〉

 一般に世間では、「世の中は怒った方が負け」「短気は損気」「負けるが勝ち」「ならぬ堪忍、するが堪忍」などと謂われており、「怒りの感情」は厳に慎むべきもの、と解されています。

 しかし、将軍の書たる孫子には『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉とあり、一般には、「士卒に敵を殺さしめんと欲すれば、士卒の心を激して怒らしむべし」などと解されています。また一説に「将軍個人の怒りを指したものではない」ともあります。であるならば孫子は、将軍の書ではないのか、などと突っ込みたくなります。

 孫子はまさに戦争を論ずる書ゆえに、上記のような敵に対する憎しみや敵愾心という本能的な「怒り」の感情も分らなくはないのですが、(士卒の場合はともあれ)リーダーたる将軍に対する指針としては何かスッキリとしません。どう考えたら良いのでしょうか。


〈ご回答〉

1、『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉について

 まさに孫子の言を直訳的に考えればそのような解釈にならざるを得ません。が、そもそも、孫子十三篇六千余文字の一言一句は極めて抽象的な言であることことを理解する必要があります。例えば、ある一定の情報が百枚の原稿用紙にまとめられているとしましたら、それを一枚に精選し、さらにそれを十ヶ条に集約し、さらに三か条、一か条に要約し、最後にそのエキスを一枚の絵で表現するがごときものが、孫子の一言ということであります。

 そのような高度な抽象性を有する孫子の言を、いかにも能天気に表面的・直訳的に理解しようという発想は、孫子の解釈においては百害あって一利なし、と評すべき態度と言わざるを得ません。そもそも、「士卒に敵を殺さしめんと欲すれば、士卒の心を激して怒らしむべし」などの説明は、まさに「言わずもがな」のことであり、竹簡という極めて限定的かつ貴重な言わば紙幅をわざわざ割いてまで書き残すほどのことでないことは論を俟(ま)ちません。

 まさに孫子は、一兵卒の書ではなく、将軍(リーダー)の書でありますから、自ずから、将軍(リーダー)として、常に銘記すべき思想は何かを論ずるものと解するのが適当であります。

 ところで、彼の釈迦は、この世における感情は突き詰めれば二つしか無い。一つは「怒り」であり、一つは「愛」である、と説いております。「怒り」の感情は破壊につながり、「愛」の感情は創造につながる、と曰うのです。

 そのことを踏まえて、孫子の曰う『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉を読み解けば、自ずから、「怒り」は、まさに「破壊」を意味することが明白です。何に対する「破壊」かと言えば、〈第二篇 作戦〉の優先的立場たる『拙速』、則ち、兵は不祥の器(凶器)、已むを得ずしてこれを用うれば、勝ち易きに勝つを上とす、の意に対する破壊、言い換えれば、その目的に対する重大な阻害要因が「怒り」の感情であると言うことです。

 凡そ「争いごと」に関する人間の怒りの感情は、(それが何であれ)まさに燎原の火のごとく益々エスカレートし勝ちなものであります。その「怒り」がおのずから戦火の拡大と無意味な殺戮をもたらし、延(ひ)いては『拙速』の対極的概念たる戦争の長期化・泥沼化という事態を招来し、結局は、自らを焼き尽すものとなるのであります。

 このゆえに『敵を殺す者は怒りなり。』は、いやしくも将軍たる者、極めて危険な感情たる「怒り」を、ことにおいていかにコントロールするかを常に銘記し行動すべきであるとする、兵法上、極めて重要な思想を論ずる意と解されます。

 まさに老子の曰う「善く戦う者は怒らず」、あるいは、徳川家康の曰う「怒りは敵と思え」と同意と解されます。また、ご質問にある「世の中は怒った方が負け」「短気は損気」「負けるが勝ち」「ならぬ堪忍、するが堪忍」を言うものでもあります。

 この『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉の解釈を裏付けるものが、用兵篇の総結言たる〈第十二篇 火攻・後半部〉の言であります。則ち、

 『主は怒りを以て師を興す可からず、将は慍(いきどお)りを以て戦いを致す可からず。利に合えば而ち用い、合わざれば而ち止む。怒りは以て復(ま)た喜ぶ可く、慍(いきどお)りは以て復た悦(よろこ)ぶ可きも、亡国は以て復た存す可からず、死者は以て復た生く可からず。故に明主は之を慎み、良将は之を警(いまし)む。』と。

 かく解することにより、〈第二篇 作戦〉に曰う『敵を殺す者は怒りなり。』の意と用兵篇の総結言たる〈第十二篇 火攻・後半部〉の意は明確な整合性を以て、矛盾なく意味が通るのであります。


2、そもそも兵法は体得するものであり、実行できなければ意味がない。

 『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉は、いやしくも将軍(リーダー)たる者は常に沈着冷静でなければならないことを論ずるものでもあります。人間はいわゆる感情的な動物ゆえに、まさに感情的な「衝動」は人間行動の特色の一つではありますが、頭に血が上り、カーッとしているために往々にして直線的・単眼的な行動に走り勝ちであり、思わない結果を引き起こすことがあるからであります。老子が「善く戦う者は怒らず」と論ずる所以(ゆえん)です。

 とりわけ、ことが戦争・政治などの場合は、亡国や民族の滅亡に直結するものが破壊の感情たる「怒り」なのであります。ゆえに、いやしくも将軍(リーダー)たる者、これを慎み、これを警むるという姿勢が何よりも肝要である、と繰り返し論ずるのであります。

 言い換えれば、「士卒に敵を殺さしめんと欲すれば、士卒の心を激して怒らしむべし」という場合は、人間の本性たる「怒り」の感情の趨(おもむ)くままに益々それを刺激すれば良いだけの話であり、一方、『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉の真意の場合は、感情の動物にして生身の人間たる将軍(リーダー)の欲望をコントロールしようとするものであります。つまり、両者は全くの正反対の立場となるのです。

 一般に、『性(さが)、弱き者』が人間ゆえに、まさに正反対となる両者の場合、一体、どちらがより困難な道であるか、言い換えれば、どちらが万物の霊長たるにふさわしい道であるか、言うまでもありません。孫子が『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉と敢えて論ずる所以(ゆえん)です。


3、我々の脳に安易な思い込み・固定観念が生じ易い理由

 そもそも人間の思考なるものは、いわゆる固定観念、もしくは単眼的・近視眼的な思考に陥り易い傾向を備えています。一般的に、人間の脳は統一性、一貫性のとれたものに対しては、殆ど無条件に近い形で肯定的に受け入れると謂われています。その方が複数の情報の識別処理の上での利便性・効率性・安定性が高いからです。

 言わば、人間の脳のもつ統一性、一貫性へのこだわりであり、固定観念・思い込み・思考の偏向とも言えます。

 逆に、統一性、一貫性から外れたものには対しては全く否定的にとらえるという極めて白黒のハッキリした反応を示すと謂われています。その方が自分は一貫した考え方をしていると納得できるので心理的な安定感が得られということであります。そのゆえにこそ人間は、固定観念・思い込み・先入観・思考の偏向に陥り易いとも言えます。つまりは、自分で安心できる思考法につい安住してしまうということです。


4、思い込み・固定観念・先入観・思考の偏向を解く方法

T、問題を全体と部分の根本構造から把握するということ

 脳力開発的に言えば、基礎部第二面「思考方法の整備」の第一項目、常に中心点を明らかにし、中心・骨組みで考える習慣をつくろう(常に目的・目標を明確にする習慣をつくろう)に該当します。
 一般的に、部分的性質のものは目に見えるが、全体的性質のものは目に見えないものであり、かつ、前者は下位レベル(低次元)にあるが、後者は上位レベル(高次元)に位置するという側面があり
ます。そのことを踏まえて、何ごとであれ、全体と部分の根本構造を把握し、適切な判断を行うべし、ということです。

U、全体と部分の根本構造に思いを致すための方法

 古来、いわゆる「迷い」を避ける最も良い方法は、「簡潔に考えること」とされていますが、その伝で言えば、この場合は、まさに次ぎのようなイメージを抱くことも一法かと思われます。

@甲陽軍鑑に曰う『鼠頭牛首』、文字通りネズミの頭と牛の頭をイメージする意。

Aいわゆる『群盲、像を評す』をイメージする。知らないのに分った振りをしていないか。

B多角度思考の活用。つまりは異なる視点の導入。単眼的思考から複眼的思考へ。

C間をおいてから考え直す(一般的には4〜5日が適当と謂われている)

D平素から身辺に起こる小さなことを判断力養成の最適な教材としてイメージし、(その意味で   の)大局を洞察する習慣づくりを実践し、情勢判断力を鍛錬すること。


5、まとめ

 今回は、『敵を殺す者は怒りなり。』〈第二篇 作戦〉の場合の、孫子解釈の実際例を見てきましたが、いずれにせよ、真の意味での孫子の活用は、(高度な抽象性を有するその言の根底にある)その思想をいかに我が身に骨肉化することにあります。

 そのことを踏まえて、個々人の個別具体的な環境における状況、もしくは問題の特殊性と普遍性を自分の頭で徹底して考え抜き、問題解決への理論体系を構築することにあると考えます。


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2013年04月18日

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2013年02月14日

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2011年06月09日

24 孫子の曰う『敵を殺す者は怒りなり』の真意

 孫子の<第二篇 作戦>に『敵を殺す者は怒りなり』の言があります。この言は一般的に「兵士を戦いに駆り立てるには、敵愾心を植えつけなければならない」、あるいは「我が士卒をして敵を殺さしめんと欲せば、まさにこれを激して怒らしむべし」などと解されております。

 しかし、この段の前後の文意、及び十三篇全体を一貫する孫子の兵法思想の観点から言えば、かなり一面的、表面的な解釈と言わざるを得ません。言い換えれば、それは、いわゆる「怒り」という感情に関する言わば戦術的な側面を論じているに過ぎないと言わざるを得ません。

 別言すれば、そもそも「怒り」という感情は、(ことの広狭大小を問わず)まさに世の中の破壊の原因であるゆえに、これを戦略的にいかに解すべきかは兵法にとって極めて重要な問題であり、かつ、<第二篇 作戦>は、孫子兵法の総論部たる戦争観(根本戦略)について論じているものゆえに、自ずから『敵を殺す者は怒りなり』は戦略的立場において解されるべきものと考えられます。

 そのゆえに、『敵を殺す者は怒りなり』<第二篇 作戦>は、次のように解するのが適当と言えます。

 即ち、『いやしくも将軍たる者、ただ怒りの感情に任せて、不必要かつ無意味に敵の兵士や無辜(むこ)の民を殺戮してはならない。それは将軍個人の感情的な憂さ晴らしにはなり得ても、決して自国の利益には結びつかない。むしろそれは、一歩間違えれば、敗軍の基(もとい)ともなり兼ねない極めて危険な行為である。ゆえに、将軍たる者、厳にそのことを慎み、冷静に「我にとって真の利となるものは何か」を考慮すべし』と。老子曰く『善く戦う者は怒らず』と。

※これに関しましては下記の弊サイトで詳説しております。ご参照ください。
  http://sonshijyuku.jp/column/column006.html


 ここでは、上記の解釈を踏まえて、さらにその裏面を考察いたします。

 則ち、人は生きるために動く必要があり、動けば、例えば「犬も歩けば棒に当たる」がことく必ず何かと衝突します。つまり、動くということは即ち戦いであり、戦いは思うように行かないのが現実ゆえに、結局、そこには多種多様な怒りの感情が惹起されることになります。

 例えば、その尽(ことごと)くに過剰反応して四六時中、怒りまくる人、もしくは、一応は我慢するが、ついに耐え切れずに、しばしば怒りを爆発させる人などが散見されます。前者はいわゆる社会生活不適合の人との烙印を押され、後者は、いわゆる瞬間湯沸かし器と酷評されて敬遠されるか、その性格の弱点を巧みに利用される破目に陥ります。まさに孫子の曰う『忿速は侮(あなど)るべし』<第八篇 九変>であります。

 要するに、「アイツは気に食わない」などの動物的な低レベルの怒りや、エゴ丸出しの私憤、はたまた事の真偽・是非善悪も弁(わきま)えずにただ付和雷同するだけの社会的バッシングなどの怒りは決して己の利とはならない、と言うことであります。

 まさに、『短気(怒り)は損気』、『短気(怒り)は身を滅ぼす腹切り刀』ゆえに、一般には、人を責(せ)める前に、まず己の至らな無さを反省し、次から巧く行くように創意工夫する形で、世の中の破壊の原因たる「怒り」の感情を(己の利とすべく)善用し自他共栄を図ることになります。

 言わば、これが処世における根本的な戦略方針であり、まさに孫子の曰う『敵を殺す者は怒りなり』<第二篇 作戦>の意であります。彼の徳川家康の遺訓に曰く『堪忍は無事長久の基(もと)、怒りは敵と思え』と。

 ここで問題は、しからば「怒り」は全て否定すべきか、ということです。仏教思想では、まさに「どんな怒りでも、正当化することはできない。正しい怒りなど成り立たない」と論じております。

 一方、人間性悪説であれ性善説あれ、不完全な人間の集合体たる世の中が(ことの広狭大小を問わず)不条理な現象に満ち満ちていることは論を俟ちません。仮にそのような場面に際会した時に、「触らぬ神に祟りなし」とばかりに、腹も立てずに、円満に人と接し、仏像のごとき微笑を浮かべてことを運んでいたとしたら、それはそれで人の道に反する行為と言わざるを得ません。

 つまり、何が正しくて何が正しくないかを熟慮した上で、これは許せないということに対しては、言わば『義憤(正義や人の道に背くことを怒る意)』たる大いなる怒りを持たなくてはいけない、と言うことです。彼の孟子は『自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖も、吾れ、往かん」と論じております。

 例えば、「原発という極めて危険な施設を扱いながら、危険性を小さく見積もっていたのはなぜか」、「原発事故はもとよりこと、常に責任の所在が曖昧かつ不明確な行政組織とは国民にとって一体何のか」「甘い想定で原発の安全神話を声高に喧伝していたいわゆる御用学者は人間としても立派なのか」、「数々の冤罪事件を生みながら反省の欠けらもない検察、事件が起きるまで何もしない警察とは国民にとって一体何なのか」、「国のやることは間違いない、などの恐るべき思考停止状態は何に起因するのか」などにはまさに義憤たる大いなる怒りを激発すべきであります。

 とは言え、根本の戦略方針は『敵を殺す者は怒りなり』<第二篇 作戦>、あるいは「罪を憎んで人を憎まず」でありますから、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式の怒り方は厳に慎むべきであることは論を俟ちません。

 そのことを踏まえて、最も留意すべき点は、まさに怒るべき否かの正否の問題をいかに判断するか、ということです。言い換えれば、ただ自分の立場や物の見方だけに絶大な信頼を置いて盲信するという幼稚な姿勢は不可だと言うことです。

 幼稚ということはつまりは、小さな狭い自我に固執し、それを乗り越えようとしない傲慢不遜な態度の人を意味しております。例えば、学歴偏重主義社会の今日、とりわけ難関とされる学校さえ出れば、それで世間は、人間も人格(人の道の実践的主体者たる個人の意)も一流だと見なし、自惚(うぬぼ)れた当人も、私の人間的総合力、人格は既に完成されている、私の人格には何の問題も無い、足りないものがあるとすれば、それは必要な専門的知識と経験、方法論だけである、と考えているが如き場合であります。

 孫子の曰う『彼を知り、己を知れば』<第三篇 謀攻>とは、まさにこのような傲慢不遜な姿勢を問うものであります。果たして然(しか)りか、と。

 翻(ひるがえ)って思うに、今回の福島第一原発事故などは、まさに偏差値優先教育の申し子(神仏に祈ったお陰で授かった子)たるの立派な肩書きを持ったいわゆる我利我利(ガリガリ)タイプの学校秀才が引き起こした天下の大罪とでも評すべきものであります。

 一般的に彼らに共通しているものは、今回の大地震・大津波に象徴されるが如きの「自分を超えたもの」「自分より優れたもの」の存在を認め、それに従うという謙虚な姿勢が欠落していると言うことです。つまり孫子の曰う『彼を知り、己を知れば』<第三篇 謀攻>の言を(もとより頭では理解しているであろうが)真底からは分かっていない、とうことであります。

 世間的には確かに彼らはエリートかも知れない。が、しかし、「人智を超えた力」が見えず、もしくはそれを無視し、ただ専門家という名の『葦(よし)の髄から天井を覗(のぞ)く』がごとき視野の狭さに安住していただけの「頭でっかち」的学校秀才こそ、エリートどころかまさに大衆以下のレベルと断ぜざるを得ません。

 人間的資質の空疎なこのような輩(やから)に国民の生命・財産を預けていたということは、人間性善説を基本とする日本人の人の善さ、もしくは「村の長」的なリーダーを善しとする誤ったリーダー観に負うところが大と言わざる得ません。そのような言わば泰平の眠りからは一刻も早く醒めるべきであります。

 今回の東日本大震災・福島第一原発事故を契機として、「真のリーダーとは何か」「その判断基準とは何か」などについての認識を新たにすべき時代が到来したと言えます。

 孫子の曰う『敵を殺す者は怒りなり』<第二篇 作戦>の真意を眼光紙背に徹して深く読み解かねばならない所以(ゆえん)であります。言い換えれば、偏差値優先的教育のようなピントのずれた表面的・一面的・片面的な思考法で読み解くのではなく、自分の人生体験を踏まえ、自分の頭を使って「自分を超えたもの」「自分より優れたもの」の本質を洞察するということであります。


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2009年05月06日

23 形が似ているからと言ってミソとクソは別だし、月とスッポンは異なる

 余りお待たせするとオリシトヨクさまのイライラ感も益々強まり、精神衛生上も宜しくありませんのでこの辺でお答えしたく思います。ただし、私の質問にはキチンとお答え下さるようお願い申し上げます。

 まず、その説明に先立ち次ぎの二点を明確にしておきたいと思います。

一、石臼こと、いわゆる碾(ひ)き臼について

 碾(ひ)き臼は、穀物などを粉砕し製粉する道具です。その昔は殆どの家庭にありましたが、時の流れとともに姿を消し、今では、時折、気の利いたお蕎麦屋さんで見かける程度です。念のために言えば、平らな円柱形の上下二個の石臼からなり、上臼にある孔(突き抜けた穴の意)から穀物などを落とし、上臼を取っ手によって回転し製粉するものです。

 臼は、古来、「大きいもの」や「重いもの」の譬えとして良く用いられております。因みに、取っ手が付いている上臼の重さは、標準的なものでも、優に20キロを超えるものがざらにあります。

 碾(ひ)き臼の取っ手説の真偽を追究する場合、まず、問題となるのはその上臼の重さです。何となれば、その上臼の取っ手を掴んで、通常のトンファーのごとく軽快かつ自由自在に振り回せるものでなければ(単に取っ手の形が似ているというだけでは)論理的に今日見られるトンファーの技法には結び付かないからです。

 同じく、後述する「取っ手という技術的思想」との関係で、碾(ひ)き臼の取っ手なるものは、そもそも、いつ頃から始まったのか、ということも重要な問題となります。

 因みに、中国で小麦の粉食が始められたのは漢代(前202〜220)と考えられています。それまでの製粉は「すり鉢」形のものが使われていたようです。小麦は西アジア原産で、中国へは回転式の石臼とともにシルクロード経由でもたらされたと言われております。つまり、漢代以前には碾(ひ)き臼の取っ手なるものは存在しなかったということです。

二、取っ手という「技術的思想」について

 取っ手とは、家具・とびら・なべ・やかん・茶碗などの器物につけて手に持つ部分(つまみ・柄)、また手で動かす部分のことです。元の用字は把手(はしゅ)です。

 つまり、フライパンの柄・なべのフタ・ドアのノブ・箒や塵取りの柄・コーヒーカップのつまみ、鍬や鉞の柄、槍や刀の柄、楯の握り部分などは全て取っ手、もしくは把手(はしゅ)と称されます。

 そのことを踏まえて、次のことをオリシトヨクさまの明敏な頭でお考えください。

 フライパンに柄が無ければフライパンはどう使いますか。煮えたぎる鍋のフタにつまみが無ければどうして鍋のフタを上げるのでしょうか。刀や槍に柄がなければ刀や槍はどうのように使うのでしょうか。箒や塵取りに柄が無ければ不便でしょうがないでしょう。コーヒーカップの場合、例えば通常の湯のみ茶碗のごとく必ずしも取っ手は不要ですが、有った方が便利でしょう。

 ドアにノブが無ければドアはどうやって開けるのでしょう。鍬や鋤に柄がなければどうやって田畑を耕すのでしょう。楯に取っ手が無くてもその上下を両手で押さえれば取り合えず攻撃は防げるでしょうが、いわゆる両手塞がりの状態となるため肝心の片方の手が活かせず、武器としての利便性に欠けます。

 ともあれ、器物に取っ手(把手)を付けると、その器物が実に使い勝手が良くなり機能的であるということは、無形の技術的思想として古来、連綿と受け継がれてきた人間の叡智なのです。

 要するに、個別特殊的な表現である碾(ひ)き臼の取っ手があろうが無かろうが、その背景には、そもそも「取っ手」という普遍的な無形の技術的思想が人間の知恵として存在しているということなのです。

 この無形の技術的思想が、その器物の用途や目的に合わせて、様々な個別特殊的な形状として表現されるのです。逆に言えば、刀や槍の柄にコーヒーカップのつまみを付けても意味が無いということです。用途や目的が異なるからです。

 同じように、トンファーは武器であり、碾(ひ)き臼は生活道具です。自ずからその用途や目的は異なります。そのゆえに、碾(ひ)き臼の取っ手をヒントにトンファーの取っ手が考え出されたのではなく、そもそも「取っ手」という無形の技術的思想が存在するゆえに、武器、もしくは生活用具という各々の用途・目的に合わせて各々の「取っ手」が成立した解すべきなのです。

 結果として、たまたまその形が似通っているということをもって、貴方は、トンファー術は碾(ひ)き臼の取っ手から編み出されたものと言われる。が、しかし、前記したごとく、その上臼の取っ手を掴んで、通常のトンファーのごとく軽快かつ自由自在に振り回せるものでなければ(単に取っ手の形が似ているというだけでは)論理的に今日見られるようなトンファーの技法には結び付かないのです。

 第一、後述するタイ式トンファーの取っ手の使い方は、そもそも、貴方の言われているような碾(ひ)き臼の取っ手を回すというイメージそのものに合致しません。それはなぜか、それを考えることが人間の知性です。俗説を盲信することと、人間の知性とは凡そ似て非なるなのです。

 そのゆえに私は声を大にして言うのです。『確かにミソとクソはその形が似ている。しかし誰が考えてミソとクソが別物であることは明白である』と。

 貴方が「否」と言うのであれば、私は真顔で問い質(ただ)したい。ならば「ミソはクソから編み出されたものか」と。

 試しに小学生に質問してください。「ミソとクソは一緒か」と。たちどころに返答が来るでしょう。「いや違います。なぜならミソは食べられますがクソは食べらませんから」と。同じように、「形が丸い」という意味では、確かに月とスッポンは似ております。しかし、誰が考えても別ものです。

 そのゆえに、オリシトヨクさまの言われていることは、例えば、『彼の宝蔵院流槍術はお寺の大広間を掃く長い座敷箒(ざしきぼうき)の柄から生まれた。なぜならば柄の形が似ているからである』のごとく、実に幼稚なレベルのものであることをご理解ください。

 なぜ柄の形が似ているだけで高度な槍の技法と座敷箒(ざしきぼうき)の柄が結びつくのか、凡人の頭では全く理解できません。

 百歩譲って、碾(ひ)き臼の取っ手のデザインがとても気に入ったとして、トンファーの旧来の柄と交換し、後にそれがトンファーの取っ手の形として定着したとしましょう。

 しかし、だからと言って『トンファーの起源は碾(ひ)き臼の取っ手にあり』と喧伝すれば通常の知性のある人は笑うでしょう。なぜならば、それはトンファーの取っ手のデザインに関する問題であり、トンファーの本質的構造や機能、技法に関わる問題では無いからです。


 凡そ、事物の変化においていわゆる突然変異は有り得ません。人間の感覚で認識できるか否かはともあれ、みな然るべき理由があって変化するのです。

 トンファーという武器の形状、及びそれを踏まえて成立している高度な技術的体系は、単に碾(ひ)き臼の取っ手を見たからと言って、あたかも魔法のごとくに出現するものではありせん。まさに手品の演出のごとくに、そこにはそうなるだけの合理的かつ具体的な理由が存在するのです。

 その最も肝心のプロセスが見事に欠落している貴方の「石臼の取っ手説」は、まさに妄想的なお伽(とぎ)話のレベルであると断ぜざるを得ません。

 それとも、オリシトヨクさまは、取っ手(把手)という技術的思想の起源は、全て碾(ひ)き臼の取っ手に発するとでも言われるのでしょうか。

 然りとすれば貴方の俗説は必ずしも誤っているとは言えないでしょう。(トンファーの技法の成立に関してはともあれ)少なくとも、トンファーの取っ手の部分に関しては正しいと言えます。

 然しながら、既に見たごとく碾(ひ)き臼の歴史は漢代以降であります。しかし、取っ手という無形の技術的思想は既に石器時代の槍の柄、土器の取っ手、青銅器のつまみ等の例をを引くまでもなく無数に表現されております。

 無形たる技術的思想が、各々の用途・目的、機能に合わせて、その個別特殊的な表現として、例えばトンファーの取っ手となり、例えば碾(ひ)き臼の取っ手となっているというだけのことです。

 貴方の言われるがごとく、碾(ひ)き臼の取っ手をヒントに、トンファーの取っ手が成立した分けでも無く、益してや、トンファーの高度な技術的体系が魔法のごとく碾(ひ)き臼の取っ手から生まれた分けでは無いのです。


 それが証拠に、トンファーの場合は、回転の中心軸は柄であり、柄を中心に棒身が回転するのです。逆に、碾(ひ)き臼の場合は、回転の中心軸は円形たる上臼の中心であり、取っ手はその上臼の外周上を回るものです。

 もし、トンファーの取っ手の機能が、碾(ひ)き臼のそれと同じであれば、そもそも武器としての役割は果たせず、逆に、碾(ひ)き臼の取っ手の機能がトンファーのそれと同じであれば、そもそも製粉という役割は果たせません。考えるだけでSFの世界であります。

 この一事を見ても両者の成立は自ずから無関係と言わざるを得ません。もし関係があるとすれば、単に形が似ているという、ただそれだけのことです。確かに人間とチンパンジーはその外形は相似ております。だからと言って、人間とチンパンジーは同じとは言わないでしょう。通常の頭の人は。

 要するに、オリシトヨクさまはイメージで物事をつかんだり、アバウトに把握する粗雑な頭の持ち主であり、物事を正確に判断する器量に欠ける傾向にあるということです。何となくアバウトに「一を聞いて十を知った積りになる」粗忽なタイプとお見受け致します。

 貴方が、トンファーの型もやられたことがない、従ってまた、トンファーの振り方や基本もご存じ無い、にもかかわらずトンファーについて知ったか振りをする、という事実がその何よりの証拠であります。因みに、孫子はそのようなことを『彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし』<第三篇 謀攻>と曰うのです。


※ そこで、オリシトヨクさまに質問をさせて頂きます。しっかりと答えて下さい。

 貴方は、取っ手という無形の技術的思想の起源が全て碾(ひ)き臼の取っ手にあると考えているのでしょうか。然(しか)りとすればその根拠をお示しください。否とすれば、トンファーの取っ手の成立と、碾(ひ)き臼の取っ手との相関関係云々は、実に荒唐無稽、妄想的かつ幼稚な思い付きであること自省して下さい。


三、空手の上段受けの形と、その前腕をガードすることの実戦的な意味

 実に、面妖で不思議なことですが、いわゆるスポーツ空手をやられている方の多くは、なぜ空手の上段受けがあのような形をしているのかをご存知ない場合が多い。

 それどころか、「なぜあのような意味の無い受けがあるのか良く分らない、なぜならば試合には殆ど使われないからだ」と言う。『であるならばやらなければ良いのに』と助言すると、「いや、基本や型にあるから仕方なくやるのだ」とおっしゃる。

 要は、空手に関し真剣に「なぜ」と考えたことも無ければ、仮に疑問を抱いても、「適切に教えてくれる人がいない」、つまりはアバウトの一語に尽きるのです。本来、日本人は、もっと緻密な思考をする民族のはずなのですが。

 そのような方にトンファーを逆手持ちして貰い、そのまま空手の上段受けの形を取って頂くと、一目瞭然ゆえに、たちどころに空手の上段受けの由来を察知されます。

 つまり、トンファー術の上段受けの形からトンファーを外したものが空手の上段受けと言う分けです(ことの事情は釵の場合も同じ)。

 空手は徒手で行うものゆえに、トンファーを外した形がそのまま空手の上段受けとなるわけであります。その意味では、まさにコロンブスの卵ですが、人は言われるまでは気付かないものなのです。

 つまりは、空手の上段受けも武器術たるトンファーの上段受けもその武術的思想は全く同じということです。単にスポーツ空手の視点のみをもって空手の本質を理解しようとしても自ずから限界が生ずる所以(ゆえん)であります。まさに『木に縁(よ)りて魚(うお)を求む」に相似ております。


 ではなぜ、トンファー術にそのような上段受けがあるのか、ということです。


 確かに、空手の上段受けは、スポーツ空手という観点からすれば、さして重要な技法ではないと言えます。なぜならば、スポーツ空手では、相手は間違っても六尺棒や金属バットで突然、頭を目掛けて殴りかかるということは有り得ないからです。

 しかし、こと武術という観点からすれば、そのようなことは当然に想定の範囲内のことであり、自ずからそれへの対処法を編み出さねばならないのです。実はこのことは、トンファーの由来を考察する上で重要なヒントをもたらします。

 因みに、空手の上段受けの技法は、中国・少林拳にも見られるもので、実戦武術という意味合いにおいては、非常に有効な方法と考えます。

 その観点から、改めてトンファーの長さを観察すれば、上段受けの前腕を完全にカバーするに足る長さであることが一見して分ります。逆に言えば、トンファーの機能の一つは上段受けの前腕を安全に守る役割があると言うことです。


 その理由については、敢て説明するまでもありせんが、念のため要点を記します。


(1)攻者が真に殺意を抱いて六尺棒や金属バットで防者に殴り掛かる場合、当然のことながら、先ず防者の頭部を狙うでしょう。これは本能的な攻撃行為と言えます。

 因みに、彼の桜田門外の変に際会した武士の回顧談として「平素、道場では抜き胴など派手な技を教わり稽古していたが、実際の斬り合いの場になると、頭が真っ白になり、ただ上段に振りかぶり、無我夢中で相手の面を打つことだけの技しか使えなかった」との述懐があります。


(2)それに対する防者は、とっさに、もしくは無意識的に、片手もしくは両手をもって上段受けの形でその頭部を守ろうとするでしょう。これは本能的な防禦行為と言えます。この場合、マンガや映画などでは六尺棒や金属バットの方が真っ二つに折れますが、現実的な通常の生身の人間は、その前腕に致命的な打撃を受けることは必定です。そのことが即、敗北に結び付く痛手であることもまた論を俟ちません。

 逆に言えば、前腕に関わるこの一撃を何らかの方法で安全に防禦できれば、防者は直ちに反撃して攻守ところを変えることができるのです。ここにトンファーの第一義的な狙いがあると私は見ております。

 要するに、武器に対するに武器をもってするのが人間の知恵であり、最も避けるべきは武器に対するに生身の肉体をもってすることであります。


(3)ゆえに、その原初的形態として、例えばタイに伝えられているトンファーのごとく、通常のトンファーの取っ手の前に(その取っ手を握っている拳を保護するための言わば鍔的役割の)もう一本の取っ手を付け、さらにトンファーの後端を肘に固定するために(手が通る程度の大きさの)紐の輪を付けた形が考えられます。


(4)あるいは、最も簡便な方法としては、握れる程度の太さで、長さはトンファーと同じくらいの短棒を携帯し、いざという時、その短棒の先端を釵の如くに逆手持ちして前腕をカバーしつつ、空手の上段受けの形で攻撃を禦ぎ、直ちに突きで反撃に転ずるという方法も考えられます。


(5)はたまた、彼の塚原卜伝のエピソードにあるがごとく、囲炉裏端で来客に不意に切りつけられた時、とっさに鍋のフタの取っ手を掴み防禦したいうやり方を応用して、言わば前腕防禦専用の小型の楯を携帯することも考えられます。


(6)私が思うに、少なくとも沖縄に伝えられているトンファーのそもそもの原初的形態は上記(3)のタイ式トンファーのごときスタイルからスタートし、次第に創意工夫が加えられ現在の形と技法に至ったものと解されます。その理由について次のように考えられます。


(7)例えば、タイ式トンファーのごとき場合、確かに前腕は完全に防禦できますが、(後端が紐で肘に固定されているため)攻撃という意味では突きか、もしくはそのまま殴り付けることしかできません。

 仮に、紐を外したとしても、拳の前のもう一本の取っ手が妨げとなって、本手持ちが不十分となるため十分な上段打ちができません。当然、本手持ちでの受けも不十分とならざるを得ません。

 この場合において、様々な試行錯誤と創意工夫のもと、操作に熟練すれば必ずしも腕を固定するための紐は必要ないこと、また(拳を保護するための)もう一本の取っ手を外すことにより、トンファーの振り方が自由自在になること、従ってまた、より自由に攻防の技が繰り出せること、などの利点を見出したものと考えられます。


 上記の(4)の場合は、簡便ではありますが(単に逆手持ちで握るだけでは)どうしても短棒と肘の固定に不安があること、また当然のことながら拳の安全にも難点があります。

 この場合においても、器物に「取っ手」を付けることにより、その有効かつ適切な機能アップが図れるという無形の技術的思想の観点から、その矛盾解決の方法として自然にトンファー式の取っ手が工夫されたであろうことは(タイ式トンファーの例を引くまでもなく)自ずから理解されるところです。

 もとよりそこには、ある程度の試行錯誤と創意工夫が反復されたことでしょうが、ともあれ、これにより前腕を安全に防禦でき、かつ十分なる逆手持ちの突きができること、さらにそこから、(逆手持ちから)直ちに本手持ちに切り替えての振り打ちや受けなどに変化できる高度な技術の体系が生み出されたということであります。


※ そこで、オリシトヨクさまに質問をさせて頂きます。しっかりと答えて下さい。


 貴方の言われる、トンファー『碾(ひ)き臼取っ手説」を通常の人間の感覚で受け止めれば、上記の(3)(4)(5)のごとき実践の状況がその背後にあったということになります。

 例えば、碾(ひ)き臼で農作業中のお百姓さんが、突然、不審者に襲われ六尺棒で脳天を攻撃された。そこで(塚原卜伝よろしく)とっさに重さが優に20キロを超える上臼の取っ手を掴み、空手の上段受けの形で、相手の六尺棒の攻撃を受けたという事実があるか、と言うことです。

 百歩譲って、そのような場面は無いとしても、件(くだん)のお百姓さんは、田畑での農作業の合い間に、常時、上記の『碾(ひ)き臼型トンファー』を振り回して稽古に励んでいたという事実があったのか、と言うことです。

 なぜかと言えば、常時そのようにして稽古され、かつ様々な試行錯誤と創意工夫が反復されて初めて、今日みられるような神妙なレベルのトンファーの術理が生まれるのが道理だからです。


 そもそも、人間の脳というものは、実践行動があって初めて十分に機能する性質のものです。言い換えれば、何ごとであれ事物発展のプロセスには、具体的な実践行動が不可欠なのです。これは人間社会の初歩的な通念ですす。

 そのゆえに、私は貴方に、20キロを優に超える『碾(ひ)き臼型トンファー』を使って毎日々稽古していたという事実があったのかを敢て確認しているのです。

 このバカバカしくも愚かな事実が貴方によって証明されない限り、『碾(ひ)き臼型トンファー』からトンファー術が発生したということは論理的には言えないのです。

 もし貴方が、あると強弁されるのであれば、それは妄想か、あるいは魔法か、はたまた他愛もないお伽話と断ぜざるを得ません。

 貴方は碾(ひ)き臼の取っ手、取っ手と熱病のようにうなされておりますが、現実問題として優に20キロを超える『碾(ひ)き臼型トンファー』など実際に使用できるのでしょうか。その意味で『碾(ひ)き臼型トンファー』は、言わば動いていない船と同じです。

 そもそも動いてもいない船(実践行動の欠落している意)の舵をどのように切ろうと船は方向を変えることはできません。もし、そんなことを本気で考えている船長がいたとすれば、部下たる船員の嘲笑を買い、バカにされるのがオチであります。失礼ながら、オリシトヨクさまの言われていることはそれと同じことなのです。

 現実に使われることなど想像することすらできない『碾(ひ)き臼型トンファー』からどうして高度な技術体系が生まれるのでしょう。明確にお答え願います。

 なぜ貴方がそんな馬鹿げたことを信ずるのかと言えば、貴方はトンファーの技法や術理がどんなものかご存知ないからであります。知らないがゆえにデタラメなことを平気で分け知り顔で言えるのです。

 古来、謙虚さを貴ぶ日本人は、そのような傲慢不遜な態度を『恥ずかしい』こととして忌み嫌うのです。


 ともあれ、否定ばかりでは貴方も立つ瀬が無いでしょう。そのゆえに私は次のようにアドバイスしたく思います。

 既に述べましたように、トンファー「碾(ひ)き臼取っ手説」は合理性が甚だしく欠落しております。ゆえに放棄すべきです。しかし、上記(5)のトンファー「鍋のフタ起源説」は可能性としては否定はできません。ゆえに、貴方は遅疑逡巡することなく過去の盲信を捨てて、新たにトンファー「鍋のフタ起源説」を主張されると宜しいと思います。

 塚原卜伝のエピソードにある、鍋のフタの取っ手がどのような形状のものかはもとより知る由もありませんが、ここでは、一応、「つまみ」状のものとします。

 件(くだん)の囲炉裏端の一件で、「鍋のフタを利用して前腕で禦ぎ敵を制する法」を編み出した卜伝が、その鍋のフタをさらに使い易くするために、取っ手のつまみを長くして、逆手の持ち方を工夫し、長さは肘をカバーできる程度に伸ばし、反対に取っ手から前の不要な部分をカットし、全体的に前腕の形に合わせて瓢箪型の形状にし(この形状は防禦に有利でかつ遠心力が働きます)、さらに防禦と打撃の威力を増すために材質を硬い樫の木に変える等の工夫が想像されます。

 このようにして工夫されたトンファーが、仮に卜伝の時代にあれば、携帯に便利であり、とっさの理不尽な攻撃にも安全に前腕を守れ、かつ反撃にも威力が発揮されるので重宝されたことと思います。

 要するに、トンファー「碾(ひ)き臼取っ手説」は荒唐無稽なお伽話ですが、トンファー「鍋のフタ起源説」は必ずしも荒唐無稽ではないと考えられます。なぜなら、それを創意工夫に足る稽古の実践がプロセスとして存在するからです。


四、戦場の兵法について

 実戦において前腕で受ける技法がいかに有効であるかについて古武術・時代考証家の名和弓雄先生は次のように書いておられます。


「続 間違いだらけの時代劇」(名和弓雄著 河出文庫)より
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 大勢の侍たちが剣術の稽古をしていると、その中に一人、突きの達人がいて、次から次に相手の胸を突いて、突き倒してしまう。刺突の方法が、まことに珍しいので、どの相手も意表を衝かれて負けてしまう。

 その侍の剣法は、左の腕に、打たれてもこたえない丈夫な防具をまいて立ち合い、相手が打ち込んでくると、その木刀を左腕で受け止め、左腕の下から、右手の木刀で相手の胸を、したたかに突いて倒す…というやり方であった。

 一見、まことに幼稚に見えるし、馬鹿馬鹿しいほど簡単な方法であるが、この侍、なかなかの練達の技量で、誰も負けてしまう。そのうちに、負けた連中が、不平を唱えて騒ぎ出した。

 負け組みの言い分は、「こんな馬鹿げた剣法があるはずがない。第一、戦場であれば、腕を斬り落とされてしまうではないか。実戦に使えない兵法の型など、ありえない」と言うのである。

 この言い分に突きの達人は答えた。

 「自分はたび重なる合戦場で、いつもこのやり方で、敵を倒してきた。実戦になると、この兵法が一番すぐれていると思っている」と反論して譲らない。

 「いや、それは信じがたい話である。敵の斬りかけてくる白刃を、左腕で受け止めるなど、そのような危険なことが出来るはずがない」と双方言いつのって、争いになりかけた。

 突きの達人は、負け組みの侍たちに言った。「議論より、確かな証拠をご覧にいれよう」と。論争に加わらなかった中立の侍たちのとりなしで、とにかく、突きの達人の屋敷まで同道することになった。(中略)

 突きの達人が、これをご覧いただきたいと…と、具足櫃(ぐそくびつ)から取り出された具足は、粗末なものであったが、一同は付属している籠手(こて)を見てあっ気にとられた。その籠手は筒籠手で、特別注文で入念に作らせたものらしく、具足には不釣合いなくらい頑丈で、立派であった。

 さらに一同は、左の筒籠手の厚い鉄板の上に残っている無数の斬り込み(刀の傷痕)を見て、思わず息をのんだ。

 負け組みの侍たちのすべてが納得した。いかにも…戦場の兵法とは、このようなものか、と歴戦の体験兵法を認めたのである。

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五、まとめ

 凡そ、事物の発展には、必ずその原初的形態とその歴史的プロセスがあります。今日、見るところの攻防一体の武器たるトンファーをその原初的形態という観点で捉えると、一応、その形状などから判断して「防・守」を主とする武器として出発したものと解するとができます。

 とは言え、もとより攻防は一体であり、かつ事物には必ず両面性がありますから、「防・守」の中にも自ずから「攻」の側面があります。そのゆえに、当初は「防・守」が主体であったトンファー術も、その創意工夫により次第に今日におけるような攻防一体の精妙な武器術に発展したのだ言えます。

 言い換えれば、例えば、タイ式トンファーを(その形状から)今日のトンファーの原初的形態と仮定すれば、その形状を踏まえ、ある程度の試行錯誤と創意工夫が反復されれば、今日におけるトンファーの形と用法に無理なく帰結するであろうことは明白です。

 俗説のごとく『碾(ひ)き臼の取っ手』をヒントにトンファーの取っ手が生まれたと言われても、そもそも原初的形態とも解せられるタイ式トンファーの場合には(取っ手を握って回すという)そのイメージそのものが該当しません。

 即ち、今日におけるトンファーのごとく、取っ手を回転軸として攻防自在に操作するという技法よりも、最も基本的かつ重要な技法たる防禦的機能に有効な形で取っ手が工夫されているからであります。

 そのゆえに、稽古という実践の中で、次第により機能的な使い方が工夫され、やがて今日のトンファーの形が完成し、同時に、逆手持ちの用法のみならず、本手持ちによる受け、振り打ち、逆回し打ちなど攻防自在の用法が完成したと解するのが適当であります。

 思うに、タイには原初的形態のトンファーが(中国から)棒とともに伝えられ、そのまま今日に至ったものとも解せられます。これに対して、琉球には初めから完成された形のトンファーが一定の技法とともに移入されたものと解せられます。木製の棒に取っ手(把手)が付いているトンファーと同じような武器が中国にもありますので、これはそう考えた方が適当です。

 ゆえに、今日見られる琉球のトンファーはタイのそれとは比較にならないほど高度な技法の体系を有しているのだと言えます。もとより、そこには伝来後の様々な創意工夫が反復され、いわゆる琉球化したトンファー術となっていることは当然のことであります。

 終わりに、オリシトヨクさまに申し上げます。そもそも言論の自由なるものは、その言論の中味を吟味し検討することにあります。

 この最も重要かつ肝心な部分は一切論ぜず、ただ只、信じている、信じているの一点張りでは、凡そ言論の自由の名に値しません。それは宗教家の論としては立派ではも通常の社会通念には著しく反します。このことを申し添えておきます。

 多少、辛めの論評となりましたが、特別、貴方に悪意がある分けではありません。それはご理解ください。オリシトヨクさまのご意見を奇貨として(貴方宛ではなく)この拙文を読まれる読者の方々に本質を考えることの意義について、その一例を示したものであります。
posted by 孫子塾塾長 at 08:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事評論

2009年04月20日

22 俗説の真偽の程を検証することと、俗説をただ盲信することとは自ずから別である

 通常、私はまともなご質問には極めてまともに答えております。しかし、いわゆるまともでないご質問にはそれなりに答えるのを常としております。貴方の「好戦的な語句は避けて下さると助かります」とのご要望には添いたく思いますが、上記の私の観点もご理解頂ければ幸甚です。

 さて、結論を先に申し上げる前にその大前提としてお考え頂きたいのは、世の中のことには必ず二面性があり、どんな問題も「善か悪か」「白か黒か」「証拠が有るか無いか」などの二分法では割り切れない複雑な形をしているということであります。

 正義漢づら、善人づらをして「白か黒か」で単純に裁くことは、当人には快感ではありましょうが、裏を返せば、頭を使わない最も安直な方法と言わざるを得ず、かつ問題解決には至らない拙劣なやり方ゆえに適切ではありません。

 何であれプラス面の中にはマイナス面も含まれているし、マイナス面の中にはプラス面も含まれているゆえに、物事を一面的・表面的・部分的に見てはいけないということです。人間の思考力をもって主体的に自分の頭で考える姿勢が肝要なのです。

 そのゆえに私は、(その割り切れないものに対し)多角度・多面的・本質的な見方・多様な可能性を示し、その上で「そうであるもの」と「そうでないもの」とのいずれに道理(利)があるのか、いずれに軍配が上がるのかを個々人の思考力をもって判断して頂く、という方法を提唱しているのです。

 そのゆえに、まずは、ことの背景・土台の部分というものを考える必要があります。

(1)人間と言うものは、そもそも、いわゆる洗脳され易いものである。

 このことは、我々の日々の生活や社会的現象などを少し観察すれば誰しもが分ることでしょう。もとより、良い方向に洗脳されるのであれば問題はありませんが、悪い方向に洗脳される場合も枚挙に暇がありません。後者の端的な例としてはいわゆる「振り込め詐欺」が挙げられます。

 例えば、窓口の銀行員が「騙されていますよ」と必死に止めるのに(逆にそのような親切を逆恨みしつつ)強引に偽口座に振り込むのですから処置なしです。こうゆう手合いに限ってその洗脳から覚める否や、すぐさま警察に飛び込み(自分の責任を棚に上げ)どうしてくれるんだと大騒ぎするものなのです。

 このゆえに人間は、物事を自分の頭で考え、自分でその真偽を主体的に判断する脳力を磨くことが極めて重要であります。益してや、激動・動乱の時代においてをや、です。

(2)資料の読み方、本の読み方は表面的・一面的であってはならない。

 例えば、今、私の手元に沖縄の然(さ)る有名な空手関係者の著された書物があります。トンファーを論じているその一節に「演武にあたっては、特定の形はないが、空手の動作を巧みに応用する云々」とあります。

 これをトンファーに通じている人が読めば、『この著者は(トンファーに関しては)何にも知らないな』と判断するであろうし、トンファーに全く無知の人が読めば、然るべき大家の記述ゆえに『そうかトンファーには形がないのか』と単純に思い込むでしょう。

 言い換えれば、資料や本に書いてあることが全て正しいと鵜呑みにするのは(生き方としては)極めて危険なことなのです。そのゆえに人は、それらを(他人の頭でなく)自分の頭で主体的に判断できるよう常に学び続ける必要があるのです。

 然りながら人は、そもそも性、弱き者ゆえに、そのような人間らしい習慣づくりを放棄し、思考停止状態で、ただ「新聞に書いてあるから本当だろう」とか、「テレビに出ているから偉い」とか、「本に書いてあるから間違いない」とか、あたかもレッテルを貼るがごとく安直に判断する方向に走るのです。

 さて、その上でお尋ね致します。貴方がご指摘される『ご自身の伝承と他所からの伝聞は区別して書いてください』は、上記の本の場合で言えば、一体、どのように書けば良いのでしょうか。

 まさか「私の伝承ではトンファーの形はある」、しかし「大家の伝承ではトンファーの形は無い」と併記するのでしょうか。然りとすれば、それは人間の頭の使い方ではなく、まさにロボット的な頭の使い方と謗(そし)られることは必定です。

 にも関わらず貴方は平然と『ご自身の伝承と他所からの伝聞は区別して書いてください』と言う。ゆえに私は、貴方に対し(社会人としての専門的能力はもとより卓越されているのでしょうが)人間の総合的知性という意味では実に「幼い」と言わざるを得ないのであります。

 言い換えれば、情報を鵜呑みにしたり、本に書いてあるから正しいと考えるのなら人間の頭は要らないということです。逆に、例えば宗教などの熱烈な信者であればそのような資質は極めて好ましいものなのでしょう。しかし、通常の社会人がそのような偏頗(へんぱ)な考え方に染まっていれば、普通は『バカ』と謂われます。

 最近、新聞のニュースに、次のような記事がありました。

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 岐阜地裁で15日行われた窃盗事件の公判で、同地裁の男性裁判官(40)が男性被告(20)に対して「バカ」と発言していたことが分かった。

 地裁総務課によると、大量の漫画本を万引きしたとして窃盗などの罪に問われた事件の被告人質問で、被告は漫画本を売って大麻を買う金を作るためだったと説明。『(大麻が)体に悪いと思っていない』 『インターネットでは、たばこや酒より害がないと書いてあった』と話す被告に対し、裁判官が『だまされているんだよ、バカだから』と述べたという。
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 「バカ」と発言した裁判官の行為が、法的論理から判断して適切かどうかは分りません。が、しかし、通常の人はこの裁判官の見解は正しいとして支持するでしょう。なぜなら、件(くだん)の人物は(情報を鵜呑みにするという意味では)まさしく「バカ」であり、かつ当人がそのことに気付いていないからです。

 孫子はこのことを『彼を知らず、己を知らざれば、戦うごとに必ず殆うし』<第三篇 謀攻>と曰うのです。「彼」とは、他者のみならず自己内部の敵をも指すものだからです。

 大変失礼ながら、貴方の物の見方・考え方は、もとより上記の「バカ」と同じとは申しませんが、多分に似たところがあると言わざるを得ません。

 言い換えれば、貴方の『インターネットで得た情報を不用意に混ぜないでください』とか、『それともフィリピンでKALI(カリ)を教わったのですか』とかの物言いは、まさに他者の情報を鵜呑みにしているという点において上記の「バカ」と同類だと言うことであります。

 今日、通常の頭の人ならインターネットの情報が全て正しいなどとは考えていないでしょう。ゆえに、仮に資料として使う場合、その適否を吟味し判断するのは当然のことです。つまり、貴方の言われるがごとく(ネットの情報をそのまま鵜呑みにして)混ぜるも混ぜないも無いということです。

 また、琉球古武道とフィリピンのKALI(カリ)の技法が異なるということくらいは(オバサンならともかく)普通の頭で普通に考えれば分ることです。ネットで情報を得たとか、得ないとかの問題ではありません。

 貴方の論法は、例えば情報がないから空手と少林寺拳法、もしくは柔道と合気道の違いが分りません、と言うがごときものであり、極めて杓子定規的な硬直した思考と言わざるを得ません。普通の人間は、通常、そのような考え方はしないものです。

(3)俗説の真偽の程を検証することと、思考停止状態で俗説を盲信することとは自ずから別である

 そもそも、トンファーの「石臼・取っ手説」が俗説か否かの判断もできないで、ただ盲信するだけのレベルの人が、なぜ、沖縄のヌンチャクの技法を俗説と断定するのか実に意味不明です。

 因みに、沖縄で謂われているトンファーの起源説は、上記の「石臼の取っ手説」ばかりではありません。その他にも「自在カギ説」「水田用のウズンビーラ説」「取っ手説」があります。

 貴方はあたかも怪しげな宗教の熱烈な信者のごとく「石臼・取っ手説」に固執され盲信されておられますが、その他の説もまさに貴方の言われる伝承ですから、貴方の論法でいくと「全て正しい」ということになります。

 そうしますと、(前記したトンファーの形の有無のケースと同じく)貴方はこれらを併記して全て正しいと言うのでしょうか。それとも貴方の盲信する「石臼の取っ手説」のみが正しいと言うのでしょうか。

 私には何やら(ロボット的思考法の貴方ゆえに)理解不能の信号を発し、思考回路がショートして、その賢明なる頭から煙が噴出して来そうな予感がします。

 いずれにせよ、貴方の人間としての頭は少しも機能していないとの謗(そし)りは免れません。盲信・洗脳もそこまで徹底されるとは実に立派過ぎて言葉もありません。

(4)トンファーに類似する武器は、中国はもとよりタイにも存在する

 学者によれば、中国のトンファー、つまり木製の棒にいわゆる「取っ手」が付いている形状には、六種類があり、その中の一種が沖縄に伝来したと解されるそうである。

 ところで貴方は『中国人が石臼の取っ手を流用してトンファ術を伝授していたならば、それは沖縄人からは見れば「石臼の取っ手から考案された武器」とも見えるものですから、伝承としては間違いとは言えません』と言われております。

 然りとすれば、件(くだん)の中国人とは、沖縄の人に少なくと四通りの由来を伝授したわけですから、実にデタラメな人物ということなります。貴方はそのようなデタラメな人物の伝承を神の如くに崇め奉っているということになります。

 因みに、タイにも沖縄のトンファーと非常に類似している武器があり、沖縄と同じく棒との組手も行われているそうです。

 貴方の見解によれば、タイにも中国人が出かけて行き、トンファーを伝授しつつ、実はトンファーの起源は「石臼取っ手説」であると伝えたことになります。

 しかし、残念ながらそのような伝承はタイはもとより、本家の中国でも寡聞して聞いたことはありません。もしそのようなものがあるなら是非、ご教示頂きたい。

 であるがゆえに、(貴方の言われるように)遠い昔、中国人が来琉してその説を伝授したのではなく、あくまでもそれは沖縄だけで言われているに過ぎないと解すべきであり、かつその説が古いものか新しいものかの考察も必要です。

 そうすれば上記の如き矛盾は起きてこないでしょう。なぜなら、俗説として各々勝手なことを言っているということになるからです。それが人間の頭の使い方と言うものです。

 いずれにせよ、上記のトンファーの起源説は、一般的には、俗説と解されているということです。もとより俗説を信ずるか信じないかは個々人の自由ですが、人間の頭の使い方という点から見れば、なぜそれが俗説なのかを自分の頭で考え、自分の頭で判断することが肝要であり、唾棄すべきことは思考を停止して盲信することであると言えるのであります。

 そのゆえに、貴方の『「石うすの取っ手から考えられた武器でないことは確かです」の根拠を示してください。できないなら明確な否定は避けてください』的な物言いは実に幼い思考と言わざるを得ないのです。

 思うに、貴方の物言いは、明治の新政府によってドイツより導入されて以来、歴史学の主流的地位を占めている、いわゆる実証主義歴史学に洗脳された考え方と言えます。

 簡単に言えば、「証拠がなければ歴史ではない」という考え方です。この立場に立てば、例えば、沖縄の空手の歴史は、江戸時代中期・宝暦12年(1762)の「大島筆記」以前は存在しなかったと言う馬鹿げたことになります。

 それも一つの見識ではありましょう。が、しかし、この方法は(歴史の証拠たる遺物に関してはともあれ)有限の生命たる人間の身体を媒介とする空手に適用するのは必ずしも適当ではありません。

 とりわけ、空手技術の真の伝承は、身体性を媒介とするものゆえに、言葉で表すことはできないという点です。例えば、弟子は師の体の動きを注意深く観察しつつ、その感覚を想像し、師は弟子から見て自分がどのように見られているかを意識しつつ、伝え易く動くなど双方向的に伝達されるものなのです。

 そのゆえに、空手・古武道の場合、(実証主義歴史学でいう証拠という意味においては)古来、幾多の先人達によって脈々と今になお伝えられている「型」がまさにそれに該当すると考えるのが至当です。とりわけ、その型に内蔵される武術的な理論・技法の分解や術理などがその中核を成すものと解されます。

 このゆえに、それが古来、伝承されてきた武術的な空手であるか否かを検証する証拠という意味においては、いわゆる○○流だとか、○○先生に教わったなどの、言わば属人的な要素に重きを置くのではなく、むしろ歴史の証拠たる「型」そのものに伝承されている武術的な理論・技法の分解や術理などが普遍的な武術的思想と照合して妥当か否かを判断することにあると言えます。

 その結果として、(何のために造られたかの伝承が失われ、ただ外形だけが遺されているピラミッドのごとく)単に形骸化しただけの「型」もあれば、真価を秘めた値打ちものの術理を伝承している「型」もあるということが明らかになるでしょう。

 ゆえに、そのための判断基準をキチンと磨くことが真に重要な課題となります。その上で、正しいものは正しいとして真摯に稽古してゆくことが、武術的な空手を追究することの真の価値、本質であると考えます。この事情はトンファー術の場合も全く同じです。

 然るに貴方は、そのような物事の本質・根幹・本体という肝心なことには全く触れずに、まさに酔っ払いの戯言(たわごと)のごときどうでも良いような枝葉末節の「石臼取っ手説」に固執されているから噴飯ものだと言うのです。私が貴方のことを「幼い」と表現する所以(ゆえん)であります。

 おまけにトンファーの型もやられたことが無いと言う。知らなければ素直に知ったか振りをしないのが常識なのに、自己の盲信と頭だけの知識を理由に分ったような物言いをされるから笑止千万だというのです。

 蛇足ながら、トンファーの起源たる「石臼取っ手説」は、例えば、我々が良く耳にする『空手は沖縄の百姓が編み出したもの』説と極めて相似ているということです。

 通常、幕末まで空手を稽古していたものは百姓ではなくいわゆる士族階級であること論を俟ちません。そもそも武術の修行などカネとヒマが無ければできないものなのです。

 貴方も試しに、いわゆる派遣切りの方々やネットカフェ難民などをを尋ねて、『空手は素晴らしい武術です。皆さんもやりましょう』と言ってみてください。

 おそらく返ってくる答えは『やっても良いよ。ただし、仕事とカネを呉れ』と言われるのがオチであります。このゆえに、例えば『空手は沖縄の百姓が編み出したもの』説がどのレベルのものかは自ずからお分かりになるでしょう。

 そもそもトンファーは武具であり、石臼は生活用具です。自ずからその用途や機能は異なるものです。その用途・機能の異なるものをなぜ、無理やりに関連付け、結び付けようとするのか、その意図・狙いはどこにあるのか、私には実に理解不能です。

 貴方は、『私が伝えていたのが明らかな誤りなら訂正が必要です云々』と言われております。

 しかし、そうゆう問題ではなくて、そもそも俗説それ自体が、真実なのか否かを(とりわけ先入観という言わば洗脳を一旦、解除し)貴方の頭で考えて頂きたいということを申し上げているのです。その判断の結果がどうであれ、他人の頭ではなく、自分の頭で考えるというその行為そのものに価値があると申し上げているのです。

 然らば、その「トンファーの起源はいかに解すべきか」であります。逆に言えば、なぜ「石臼取っ手説」は俗説なのかということです。その論拠を提示して検証するということです。

 とは言え、ここまでの説明はあくまでもその前半であり、序章であるとご理解ください。なぜならば、まず、そのようにしてことの背景・土台・根幹の部分明らかにしないと物事の本質には迫れないからであります。

 残念ながら、既に文字数も尽きておりますので、これについて第二部として次回に改めてご説明いたします。
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2009年01月16日

19 琉球古武術における武器の由来について

 一般的に、いわゆる「空手」は素手で行う武術と喧伝されております。しかし、スポーツ空手という意味では正しいのでしょうが、武術空手という意味においては正確な理解とは言えません。

 なぜならば、そもそも空手の技法は武器を使うためのものであり、逆に言えば、武器を持たない時、その武器の代わりとして身体を用うる場合、どのように使えば効果的かと言う観点から工夫されたものが空手だからであります。

 そのゆえに、例えば、棒の前手突きと、空手の前手突きの技法は全く同じ術理から成り立っているのであります。

 然(しか)らば、武術空手の前手突きとスポーツ空手の前手突きとは同じものかと言えば然(さ)に非ず、様々な理由によりまさに似て非なるものと言わざるを得ません。

 つまり、琉球武術という意味での空手はまさに武器術と表裏一体・車の両輪関係にあるのであり、空手のみが単独で存在しているという訳では無いのです。

 因みに、中国では現代においても武術を学ぶのであれば拳術のみでなく数種類の武器術を学ぶのは常識であるとされます。空手の祖形もまた遠く中国の少林拳にあることは、空手や武器術の型の一部にその名残が残されていることから見ても明らかです。空手と武器術が両面一体・陰陽一体の関係にある所以(ゆえん)であります。

 ともあれ、近年、海外においては、とりわけ欧米を中心に琉球古武術への関心が高まっていると謂われております。残念ながら空手の本家たる日本においては様々な事情からその実際は余り知られていないようであります。とは言え、最近は、海外の影響のゆえか、強い関心を示される方も少なからずおられるようであります。

 そのような折、読者の方から『琉球古武術における棒,サイ、ヌンチャク、トンファー、鉄甲、鎌、ティンベー、スルジンといった武器の由来について教えてください』とのご質問が寄せられましたので、次にように答えておきました。


一、棒(中国風に言えば棍)

 言わずもがなのことですが、棒は石器とともに人類最古の武器であり、古代より使用されてきたものであることは論を待ちません。中国では古来、少林寺の棍法が有名です。「すべての武術は棍法を宗とし、棍法は少林を宗となす」と言われております。沖縄の棒は、地理的・文化的な立地条件から見て(もとより南方渡来のものもあるでしょうが)基本的には中国からの影響を強く受け、沖縄の文化と風土の中で、独自の創意工夫を凝らしつつ成立したものと解することができます。

 独自という意味は、そもそも漢人(いわゆる支那人)の体に合わせて成立した中国武術的な動き方を(人種の異なる)琉球人の体に合うように工夫したという要素(もとよりこのことは棒のみに限りませんが)を含めての、言わば中国武術の沖縄化という意味合いです。

 因みに、棒の種類としては、六尺、九尺、三尺、砂掛け棒があります。

二、サイ

 中国・明代の陵墓からサイの祖形と思われる武器が出土しています。サイの由来については俗説・珍説の類が多くありますが、やはり中国渡来のものと推定されます。

 因みに、釵の種類としては、通常の三叉(みつまた)の釵の他に特殊な形の卍釵があります。

三、ヌンチャク

 彼のブルース・リーで有名になったいわゆるヌンチャクは、中国北方では双節棍(シャンチェコン)と言い、福建省では両節棍と書いて「ヌンチャクン」と言っています。これもまた中国渡来のものと推定されます。その他、三節棍、四節棍もあります。

 因みに、ブルース・リーが映画で使ったヌンチャクの技法は沖縄伝来のものとは全く関係ありません。沖縄の技法は携帯棒としての一本のヌンチャクを両手で操作するものであり、ブルース・リーのごとく二本のヌンチャクを両手に持って使うということはありません。

 因みに、フィリピンにはKALI(カリ)と呼ばれる伝統武術が伝えられております。60〜70cmの短棒を両手、または片手に持って打ち合いながら、様々な動きを練習するものであります。

 このフィリピンのKALI(カリ)の技術の一端としてヌンチャクに似た形状の武器(タバクトヨクと呼ばれる)があります。沖縄のヌンチャクが一本の棒を扱うがごとく重く鋭く振るのに対し、タバクトヨクは、非常に軽快な振るところに特徴があります。

 ブルース・リーの場合は、このKALI(カリ)とタバクトヨクの技法にヒントを得て映画用にショーアップしたものであります。因みに、彼が映画撮影時に用いたヌンチャクはプラスティック製の軽いものと謂われております。

四、トンファー

 トンファーは、拐(カイ・福建省ではトンクワー)という名で中国には古くから伝えられている武器であり、各種の形に分かれていますが、その中の一種が沖縄に伝えれたものと推定されます。

 因みに、イタリアン式フェンシングの中には、十字形になっている剣の柄を上から鷲掴みの形で握り、突きの後にトンファー的な使い方をするものもあります。手首の回転と武器の遠心力を利用した裏拳的な技法は洋の東西を問わず、共通のものがあるようです。

 トンファー術の特長は、一本の棒を二つに分断してかつ短くし、それぞれに把手(え)を付けて(上記のイタリアン式フェンシングのごとく)操作し易くしているため、通常、両手で操作するところの棒の技法と同じ技法を片手で操作することを可能にしていることにあります。

 そのトンファーを両手にもって自在に操作するということは、つまるところ、両手に棒を持って自在に操作することと同じことを示唆するものであり、その意味においても、トンファーの応用範囲は極めて広いということになります。

 少なくともトンファーは、俗説で謂われているがごとく「石うす」の取っ手から考えらた武器でないことは確かです。洋の東西を問わず、そこには深遠な術理が秘められているということです。

五、鉄甲

 鉄甲は日本の忍者も使っていますが、由来がどこというよりも拳の威力をより強める必要性からこれまた洋の東西を問わず自然発生的に工夫されたものと解されます。とりわけ琉球古武術の鉄甲術の場合は、空手の術理を最もストレートに応用できる武器ということになります。

 少なくとも、(徒手の組手に殆んど近い)鉄甲の組手をすれば、空手の拳をなぜ当ててはいけないのかという理屈が本当の意味で理解されます。鉄甲はもとより武器であり、空手の拳もまた武器に他ならないからであります。逆に言えば、空手においてなぜ拳足を鍛える必要があるのかを真に理解できるということであります。

六、鎌

 戦は基本的に野外で行われるものです。そのような場所で生い茂る雑草や潅木の類を刈り払い陣場を構築するのに不可欠にして便利な道具が鎌です。のみならず鎌は湾曲した刃で梃子の原理を用い、少ない力で大きな殺傷力を得ることができ、かつ相手の武器を引っ掛けて絡め操る特長があるためるため古来、武器としても用いられたのです。

 琉球古武術には古伝空手の術理を応用しての二丁鎌術があり、日本には鎖鎌・長柄の鎌・鎌槍などがあります。

 因みに、いわゆる鎖鎌術は、分銅鎖術と鎌術を合体させたものでありますが、鎖鎌術の流派の中には、(琉球古武術と同じく)分銅鎖を付けない形での二丁鎌を用い、本来の鎌術としての精緻な技法を残しているところもあります。

七、ティンベー

 正確にはティンベー(楯)と、ローチン(短槍)を組み合わせたものでティンベー術と言います。このように、片手に防御用の楯を持ち、片手に剣・刀などの攻撃用の武器をもって戦う武技は(ギリシャ、ローマの時代を例に引くまでもなく)古代からありました。

 たとえば、中国の場合、明の名将、戚継光が和寇の撃滅戦法に用いた強力な秘密兵器として知られております。そのティンベー術は、楯という防禦兵器に、投げ槍・腰刀という長・短二つの攻撃兵器を組み合わせたところに特長があるようです。沖縄のティンベー術にも似たような所作があるため、多分にその影響を受けたであろうことは想像するに難くありません。

八、スルジン(短鎖・長鎖)

 人類史上、鉄が武器として登場すると、それまでの青銅製の武器は瞬く間に姿を消して行きました。鉄の特長が固く折れず曲がらず強いところにあったからです。その鉄がいわゆる鎖の形状をとれば、鉄は一転して、柔らかく折れて曲がりかつ強い素材ということになります。

 その特長を武器として活用したものが、棒手裏剣の如き形状の武器と(鎖の先に分銅をつけて用いる)分銅鎖を合体させたスルジン術ということになります。分銅鎖で相手の武器や首を絡めて、先端の鋭く尖った棒手裏剣状の柄で攻撃するなど多様な技法があります。

 とは言え、物事には必ず両面があります。分銅鎖が強力な武器なだけに、反面、コントロールいう側面においてはその操作に難点があり、そのゆえに熟練の技が要求されるということになります。生兵法でこれを用いることは、返って自らを傷つけることになるという危険性を秘めた武器です。

 スルジンの種類としては、鎖の長さが一尋(両手を左右に広げたときの長さ)の短スルジンと、二尋の長スルジンがあります。因みに、日本の鎖鎌の鎖は長いもので3.5メートル前後あります。


 いずれにせよ、古来、沖縄では(もとより中国もそうですが)空手を学ぶ者は武器を併せて学ぶのが常識となっています。上記の八種の武器はまさに手の延長であって、空手と異種のものではなく、長短の武器を学んでこそ空手のすぺてを理解できるものと謂われております。
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2008年11月07日

17 国家や組織の盛衰はリーダーの優劣によって決まる

 アメリカの大統領選挙は、「変革」を旗印にした民主党のバラク・オバマ上院議員がアフリカ系初の大統領として当選しました。

 アメリカ国民の大多数がブッシュ政権に明確な決別を告げたのであり、その意味での選挙の最大の敗北者はブッシュ政権と言えます。

 言い換えれば、アメリカ国民の大多数がブッシュ政権の8年間でアメリカは悪い方向に進んでいると考えており、その拒絶反応が政府・政治への強い不信感を生み、さらにアメリカ発の金融危機が追い打ちをかけたということです。

 ともあれ、大統領選挙に勝利したオバマ氏にとって、「リーダーの失敗」たるブッシュ政権の「負の遺産」をいかに変革するかという厳しい課題が持ち越されたと言うことです。逆に言えば、何がCHANGE(変革)なのか、リーダーの真価が試されるということであります。

 眼を転じて我が日本を見るに、悪名高いそのブッシュ政権のまさにミニチュア版たる小泉構造改革路線の「負の遺産」を未だ引きずったままであると言わざるを得ません。

 この「劇場政治」の呪縛を説くものは、まさに今回のアメリカ大統領選挙のごとき政権交代、即ち二大政党の健全な競争の実現であります。

 そのことに関連し、下記の孫子塾サイトに「国家や組織の盛衰はリーダーの優劣によって決まる」と題した一文をアップいたしました。興味と関心のある方は御一読ください。

「孫子に学ぶ脳力開発と情勢判断の方法」・孫子談義
http://sonshi.jp/sonnsijyuku.html




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2008年08月17日

15 人生に兵法的思考はなぜ必要なのか

(1)生きているということの現象的意味

 「生きている」ということは、つまるところ、いわゆるトラブル(苦労・心配・面倒・厄介・紛争・騒擾など)を引き起こすことでありますから、好むと好まざるとに関わらず、また、その価値観のいかんやことの広狭大小は問わず、現実の実人世は日々戦いの連続であり、その最たるものが即ち戦争であると言えます。

 言い換えれば、人生は常に冷酷な生存競争の戦いの連続でありますから、そのような場におけるそれぞれの矛盾解決をめざす主体的な努力なしには、我々のよく生きる道はないということです。

 このような認識に、もし抵抗を感じる人があるならば、その人は、自分の人生をよりよく生きようとする努力と、人生の真の成功者となることに背を向ける人であると言えます。あるいは、その外見は人間でも、その意識の実体は犬や猫と同レベルの酔生夢死の人かも知れません。


(2)問題解決の行動に際しては必ず衝突構造がその中枢に据わってくる

 見方を変えれば、いわゆるトラブルとは、ある要因によって正常の状態が阻害されている事態でありますから、そこには自ずから(広い意味での)意志と意志の衝突構造が存在することは論を俟ちません。

 例えばいわゆる病気などはその典型例と言えます。健康状態を阻害する要因(病)にいわゆる意志があるかどうかはさておき、意志に擬せられる物理的作用が明確に観察されるということであります。

 その意味で言えば、病と対峙し、その治療の成否が患者の生死に直結する医術はまさに兵法そのものであり、そのゆえに治療とは、兵法的思考をもって病気の撃退を図るべきものとも言えます。


 因みに、弊塾のオンライン通信講座「孫子に学ぶ脳力開発と情勢判断の方法」では、

http://sonshi.jp/sub10.html

これまでに、弁護士・公認会計士・税理士・社労士などいわゆる士業の方々が多く受講されておりますが、残念ながら、未だ医師の方の受講はありません。戦いの普遍的思想をコンパクトに纏めた孫子兵法の観点から医術を研究するのも一つ見識かと考えるものです。

 
 ともあれ、例えば、人類最大のトラブルたる戦争も、また企業間競争など様々な組織同士の争いも、あるいは個人間の対立や抗争、はたまた個々人の内面における心的葛藤も、その根底には必ず意志と意志との衝突構造があるということです。

 もとより、それが顕在化している場合もあれば、潜在化している場合もあるなどその形態は千差万別ですが、ことの本質には必ずこの衝突構造が存在するという認識が重要なのです。

 言い換えれば、「問題が解決しない」「目標が実現達成しない」などのケースは、この衝突構造の分析と把握が不十分であるため、結果として問題に適切に対処していないことに起因するものと言えます。

 そのゆえに、むしろ平凡で簡単な対象や事態ほど、(訓練という意味でも)キチンとした戦略、戦術を踏まえて問題解決を図るという認識が重要となります。


(3)衝突構造を解明するものが抗争・葛藤の原理たる戦略的視点である

 ことの広狭大小がどうあれ、その根底にある意志と意志との衝突構造という本質は不変であるため、これを解読可能にするものは、やはり抗争・葛藤の原理としての戦略的視点ということになります。ここに我々が孫子に代表される兵法的思考を学ぶ所以(ゆえん)があるのです。

 とりわけ孫子は、人類最大の抗争たる戦争を簡潔かつコンパクトに纏めたものであるゆえに、上記の戦略的視点を学び、これを日々の問題解決に活用するためには極めて適切なテキストであり、かつ有効なヒントを提示するものであります。


(4)兵法は観念論ではなく、現状打破の思想とその実践の方法である

 そもそも問題は解決されなければ意味がありません。その意味で兵法は、いわゆる観念論たる哲学ではなく行動を大前提とする実践論であります。

 とは言え、もとより闇雲(やみくも)に実践すれば良いというものではなく、当然のことながら実践のための基礎的な理論(物の見方・考え方)が必要となります。

 この理論を踏まえて問題を分析し、いわゆる「ねらい・目標」たる戦略を立案し、戦術を確立して(問題解決のための)実践行動を展開するということです。

 何事であれ、理論と実践のバランスは極めて重要であります。即ち、理論と実践はそもそも一体両面の関係にあるゆえに、両者が相互に影響を及ぼしつつ一体となってそのレベルをスパイラルにアップさせることが肝要であります。

 問題を解決するということは、つまりは、兵法の実践であり、その実践を整理して兵法の理論がさらに精緻になるということになります。

 このスパイラルな、言わばラウンド展開は、循環往復して尽きることはなく、次第により高度の問題解決に対応できるという上達構造になっております。

 これを適切に実行し得るか否かは、まさに個々人の脳力、力量に掛かっているわけですが、その実践の判断基準、指針となるものが孫子兵法であり、その実践論たる脳力開発であります。


 弊塾の通信講座「孫子に学ぶ脳力開発と情勢判断の方法」は、まさのそのために開設されているものです。とりわけ、最近は、新たに「戦略思考ができる日本人養成講座」と題してのセミナーを開催しております。

 第一期生として既に五名の方が学ばれておられます。弊塾では引き続き、第二期生を若干名募集しております。開講は九月からです。興味のある方はメールにて詳細をお問合せください。
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2008年07月17日

14 「一漢文学者」さまのコメントにお答えして

 当ブログの記事について、6月17日、「一漢文学者」さまから下記のコメントを頂きました。有難うございます。文字数の関係から、返信はこちらの記事としてアップさせて頂きました。

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 孫子曰く「兵は奇術」との言葉は、いかが解釈されますか。私は、ラストサムライさんと似た解釈であります。つまりは奇を正当に行使しうる超法規的状態であるから、王道に反する策を行使しても良いと。いわゆる覇術。

 そもそも七武経書と五経はその射程範囲を異にするものと存じます。「如何するか」「如何にあるべきか」の差であります。「如何にするか」が問われる状態は政体として末期であるのです。西洋の政体循環論ではないが、無為→大同→小康→刑罰があります。(前から二つ三つは礼楽政治)

 上記の政体で政治そのものが問われるのであれば「五経」、もし非常の時、侵略、内乱が起れば「七武経書」が適する。いかがでしょうか。当方は東洋思想の中で孫子は末端の学「数」「因」学として敬遠しておるものです。

 経学としていかに活用できるか、貴殿の孫子の講義に注目するところであります。

 もうひとつ、靖国について貴殿のお考えと異にします。諸方に軋轢を無くすことがその眼前に置かれておるのですが、なるほどそれは支那と商業をしたい経団連の皆様と同じくして功利的な意見であります。公に殉じられた方々に対し、公でお祭り申し上げるのが本来ではないでしょうか。

 最後になります。ともに東洋学に依拠するものとして申し上げれば、能力云々、知性云々のご発言にはいささか眉を顰めます。我々一人ひとりに備わる良知が傷つくだけであります。

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 余りにも低俗的な内容なのでお答えする気もしませんでしたが、若干、時間ができましたので次のように回答しておきます。


一、日本の歴史をキチンと学ばれてはいかがでしょうか

 恐らく、「一漢文学者」さまは中国もしくは朝鮮の方かと思われますので、まず日本の事情につき、次の二点を明らかにしておきます。

 一つは、源頼朝の鎌倉幕府以来、明治維新に至るまでの七百年間、日本は、いわゆる武家政権、即ち武士の支配した時代であったこと。一つは、(かつての中国の士太夫や朝鮮の両班のごとく)日本にはいわゆる「科挙」の制度が無かったことです。

 このゆえに、日本の場合は、大道(根幹)は兵法であって、小道(枝葉)は儒学であるというのが一般的常識であります。言い換えれば、武家政権の支配思想は兵法であり、「一漢文学者」さまの言われているような儒教に依拠する「礼楽政治」ではないと言うことです。

 とりわけ、兵法は、例えば「お金」のごとくいわゆる中性的な性格にその特色がありますから、世に氾濫する様々な「色付き」の思想、例えば仏教、神道、キリスト教、儒教、その他のイデオロギーなどを超越してこれらを領導する思想と成り得たのです。

 因みに、彼の武田信玄を兵法の師と仰ぐ徳川家康は、慶長11年、「孫子」を首位におく官版「武経七書」(孫子・呉子・司馬法・尉繚子・三略・六韜・李衛公問対)を日本で初めて刊行しています。

 江戸時代においては、確かに儒教の興隆はありましたが、それは単に幕藩体制維持のための道徳教育の道具として利用されたに過ぎないのであり、歴史的に見ても、江戸時代における儒学者の立場は、「役立たず者」的意識の強い少数者であったことは確かであります。

 そのゆえに、「一漢文学者」さまのお国たる中国や朝鮮のことは知らず、日本の場合、大道(根幹)は兵法であって、小道(枝葉)は儒学であると言わざるを得ないのです。

 つまり、貴方の言われている『当方は東洋思想の中で孫子は末端の学「数」「因」学として敬遠しておるものです』との実に尊大なご主張は、残念ながら、日本の歴史的事実には合致しておりません。当て嵌まらないということです。まさに儒学者特有の極めて視野狭窄的な物の見方、見当外れな見解の典型と言うべきものであります。


二、そもそも平時も戦時も一つの物の両面であって分断すべきものではありません

 貴方は、『上記の政体で政治そのものが問われるのであれば「五経」、もし非常の時、侵略、内乱が起れば「七武経書」が適する。如何でしょうか』と実に傾聴に値する見解を述べておられますが、これこそまさに、儒学者特有の極めて狭い料簡による固定的、表面的、一面的な物の見方と言わざるを得ません。


 そもそも『天下安(やす)しと雖(いえど)も、戦いを忘るれば必ず危うし』<司馬法>は、古来、国家護持の要諦とされております。


 而るに貴方は『如何にあるべきか』の平時は、礼楽政治をもってし、いよいよ政体も末期を迎え侵略や内乱が頻発する状態たる『如何にするか』の非常時は、『王道に反するゆえに敬遠する末端の学』たる兵法をもってすると言われるが、一体どこでその両者を別なものとして区別されるのか伏してお伺いしたいところであります。

 因みに、孔子は身の丈、九尺六寸(216センチ)の偉丈夫で、とりわけ馬術や弓術に優れ、その力は国門のかんぬき挙げるほどの武人であったことは史書の示す通りです。

 ただ彼は、士君子の教育者であり、徳治主義による政治を目指していたため軽々しく兵についた語ることを避けていただけであります。しかし、その一方で、民衆の軍事教練を重んじ、その民衆を指導する士君子については、文武両面にわたる武人教育を施していたことは論を俟ちません。

 その一個の人間たる孔子をどのようにして武人と文人の二つに分けて区別することができるのでしょうか。まさか孔子を殺しその死体を「腑分け」して区別するとでも言うのでしょうか。

 否、そもそも二つに分ける意義は何なのかということです。言い換えれば、儒学者の根底には、彼らが観念的に描くところの「王道たるもの、斯くあれかし」の空想的欲望があり、このゆえに、上記の「腑分け」は、ただ単にこの欲望を満足させたいがためのものと解せざるを得ません。

 そのような無駄話を盲信し、国家を滅亡させた好例が近代で言えば、「一漢文学者」さまのお国たる清朝であり李氏朝鮮なのではないでしょうか。

 彼の国が儒学者の説に忠実であったのは善しとするも、その結果、『天下安(やす)しと雖(いえど)も、戦いを忘るれば必ず危うし』<司馬法>の典型例として滅亡したことも事実であります。

 言い換えれば、まさに「陣に臨みて槍を磨く(平素から準備せずに、その直前になって慌てて対応する意)」の愚行と言わざるを得ません。あたかも、「一漢文学者」さまの論調のごとく、確かに虚仮脅(こけおど)しとしては光る(少しは役に立つ意)ことはありましょうが、本質的にはクソの役にも立たないということです。


 「一漢文学者」のお説が真実ならば、なぜ貴方の母国たる中国人民共和国は、戦後六十有余年を経た今日、本来の王道政治・礼楽政治に徹し中華人民解放軍を解散しないのか実に解せません。

 それはまさに彼らが中華人民共和国成立以前の悲惨かつ過酷な近代中国の歴史を知る者であり、その歴史に謙虚に学ぶ者だからであります。逆に言えば「武」を捨てたらどうなるのか身に沁みて感じているのです。

 その点、武の国たる幕末日本の場合は、表向きは武家政権の本体を巧みにカモフラージュしていても、ことの本質を決して見失わなかったがゆえに、今日、G8として世界に名を成している所以(ゆえん)であります。


三、政治家個人の私利私欲のために天下の政治を利用するのは国民の敵である

 日本の現在の社会情勢を見るに、半世紀以上の長きに亘って日本を支配してきた言わば自民幕藩体制が急速に衰えつつあり、政権交代への予兆を感じさせる現象があちこちで噴出し初めております。その他諸々の変動要因を加味すれば、現在の日本は、まさに天下大乱の兆しが大であると言えます。

 大乱と言えば、かつて戦国時代到来の契機となった応仁の乱がありました。この乱のそもそもは、時の為政者、有力者達がそれぞれ自分の私利私欲のために立ち回ったことに起因します。

 もとより、彼らにはそれが大乱に続く道筋であるとは想像だにしていなかったことでしょう。しかし、その何気ない私利私欲に基づく軽率な行動がやがて燎原の火のごとき戦火を生み、その後、一世紀にも及ぶ大乱を招来し、当時の大衆や社会を塗炭の苦しみに追いやったのです。

 言い換えれば、この応仁の乱は、いやしくも一国の権力者たる者、個人の私利私欲で政治を軽率に行ってはならないという後世への貴重な教訓を残したのです。

 而(しか)るに、彼の小泉元首相の政治的所業は、まさに個人の(政治家個人としての欲望充足という意味での)私利私欲のために政治を行った典型例であります。

 今日、社会問題となっている、例えば、郵政民営化がもたらした地域の崩壊や地方切捨ての格差問題、社会問題と化した派遣労働者問題、雇用・医療・社会福祉問題などの諸悪の根源は全て小泉元首相に起因するといっても過言ではありません。

 そもそも、自民党幕藩体制が揺らいでいる言わば「幕末」ゆえに、奇人変人たる小泉元首相のごとき政治家が登用されたのであり、通常であれば有り得ないことであります。

 逆に言えば、自民党幕藩体制下の最後の切り札たる彼に課せられた最大の使命は「人気取り」なのです。それを演出できる最適の人材として彼に白羽の矢が当たったということなのです。

 その意味では、まさに自民党及び小泉元首相は党利党略・私利私欲のために天下の政治を利用したということであります。そのような子供騙しに乗せられた有権者の無知も哀れでありますが、その選択の結果は紛れも無い客観的事実として直接、国民生活に影響を与えます。

 論より証拠、その因果の報いを受けて今の日本社会はどうなっているのでしょうか。

 最近、あちこちで「あの小泉には完全に騙された」「もう自民党には絶対に入れない」という声を多く聞きます。私に言わせれば「今頃何を言うのか、騙されたヤツが悪いのだ」ということでありますが、ともあれ、「一将、功なりて万骨枯る」とはまさにこのことであります。

 「ラストサムライ」さまがその小泉元首相を評して「近年稀に見る偉大な政治家だ」と言われるから、それは違うと申し上げたのです。

 その趣旨は、彼のライオンヘアーの形や表面ばかりに目を奪われるのではなく、天下の権力者が、天下のために政治を行わないで、あくまでも個人の「人気取り」という完全な私利私欲のために、天下のための政治を利用するからそれがいけないと言うのです。

 もとより、「ラストサムライ」さまは、個人の専門的能力という意味では優れた資質をお持ちの方でありましょう。しかし、こと物事の本質を洞察するという能力、言い換えれば「汝自身を知れ」もしくは「己を知る」という能力において極端に無知であるから、その意味において「貴方はバカだ」と申し上げたのです。これは今日の偏差値優先知識教育の最大の弊害であります。

 そう言われてもなお気が付かない人間、その意味すらも分らない人間、曰わんや、その本質も弁(わきま)えずに表面的な言葉尻を捉まえて『能力云々、知性云々のご発言にはいささか眉を顰めます。我々一人ひとりに備わる良知が傷つくだけであります』などと言われている方もまさに同類の思考パターンと言わざるを得ません。

 今日、日本社会の混乱を益々増幅させている最も唾棄すべきものが「主体者不明の評論家的知識偏重型」思考であることは論を俟ちません。


四、国に殉じた人々を国家が祀るのは当然のことである

 「一漢文学者」さまは、『公に殉じられた方々に対し、公でお祭り申し上げるのが本来ではないでしょうか』などとしたり顔をされておりますが、こんなことは当然のことであり誰もそのことに反対はしていません。

 私が反対しているのは、そのような天下のことを、天下の権力者が「人気取り」という一個の私利私欲のために利用するな、ということです。その意図が余りにも見え見えであり、その「志」が余りにも卑しいから言うのであります。


 なお、貴方は『経学として(孫子が)いかに活用できるか貴殿の孫子の講義に注目するところであります』と書かれておりますが、これについては既に下記の弊塾サイトで論じております。


孫子に学ぶ脳力開発と情勢判断の方法
http://sonshi.jp/


※ 上記サイト内「孫子談義」の下記の項をご参照ください。

(1)日用の学として兵法を学ぶ意義(08/4/3の項)

(2)兵法的思考力の養成・その一(08/5/15の項)

(3)兵法的思考力の養成・その二(08/5/19の項)



四、「戦略思考のできる日本人育成塾」について

 日本人の一般的傾向として、日々の専門的業務という意味では極めて高い能力を発揮されるものの、こと戦略的思考という意味においては、残念ながら、些(いささ)か欠けているものがあると言わざるを得ません。

 その意味で孫子塾では、「戦略思考ができる日本人育成塾」と題するセミナーを六ヶ月をワンクールとして月二回のペースで開講しております。現在、第一期生として五名の方が参加されております。

 日本は今、好むと好まざるとに関わらず、まさに第二の黒船とでもいうべきグローバル化の大変動に直面しています。

 日本人がこの激動の時代を生き抜くためには、平安末期から明治維新に至るまで日本を領導してきたいわゆる「武士の思想」を戦略思考の原点と捉え、真摯に学び、自己変革する必要がある、というのがその趣旨であります。

 現在、第二期生を募集しております。募集人数は若干名です。興味のある方はメールにてお問合せください。
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