2008年01月29日

7 ラストサムライさまへの返信

 当ブログの「6 ラストサムライさまにお答えして」の記事について、1月15日、ラストサムライさまから三回目のコメントを頂きました。内容は下記の通りです。

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 理路整然とした内容ですけど心に響かない内容ですね。知識だけの理屈を捏ねても国民は動きません。
 内政に関して事細かな批判はあるでしょうけれど国民の代表としては世界を見据えて行動する首相が望ましいと思います。貴方が望む理想の聖人君子は理想であって現実的ではないです。

 世界で一番強い国はアメリカです。彼らの価値観は日本人には理解し難いエゴの塊です。それを突付けば武力行使を辞さない。そういう民族なんです。ではそういう民族とやっていくにはどのような方法が日本にとって得策でしょうか?

 一国の首相が靖国神社で参拝することは戦争で亡くなった多くの兵士や遺族にとっては嬉しいことでもありますよ。遺族の者として私は嬉しかったですね。例えそれがパフォーマンスであってもです。
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これについての管理人のコメントは次の通りです。

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 ラストサムライさま、度々の御意見を賜り誠に有難うございます。実に立派な御見解ですのでもとより申し上げることもありませんが、色々な意味で示唆に富む内容でありますので、敢て俎上に載せさせて頂きます。


(1)国の政治に直結する投票行動を「好き嫌い」で決めてはいけません。

 ラストサムライさまは、何か大きく勘違いされていませんか。スポーツや芸能、娯楽やレジャーの類はもとより「好き嫌い」の感情で判断されても一向に差し支えありません。

 例えば、レッドソックスが勝ったとか敗けたとか、朝青龍がモンゴルから帰るとか帰らないとか、藤原紀香が結婚したとかしないとか、ハンカチ王子がどうしたとか、そんなことはまさに個々人の趣味嗜好、好き嫌いの問題なのです。

 しかし、こと政治に関しては「好き嫌い」の感情で判断することは心して戒めなければなりません。なぜならば、政治は、孫子の曰うがごとく『(国民の)死生の地、(国家の)存亡の道』<第一篇 計>だからであります。

 政治や行政が何をしたのか、その結果がどうであったのかを主権者たる国民は平素から冷静な目で厳しく見つめなければならないのです。それを芸能人やタレント、スポーツ選手などを見る目と同次元の感覚で捉えてはいけない、ということです。例え、世間が、大勢がそうで合ったとしてもそれは明らかに間違いなのです。

 衆愚政治たる小泉劇場の下で行われた構造改革と規制緩和が何をもたらしたのか、はたまた、その背後にある彼の空疎にしてツギハギだらけ、見せ掛けだけの思想がどれほどの弊害をもたらしたのか、その結果たるや論ずるまでもありません。

 もとより国政に構造改革や規制緩和は必要です。しかし、世の中の事物は複雑怪奇ですから、して良いものと、して悪いもの、あるいはその取扱を慎重にしなければならないもの、など様々な性質があります。

 それを十羽ひとからげにして、単に、自己の人気取りのために、セーフティーネットや安全のためのガイドラインも考えず、(一般に謂われている意味での)拙速をもって乱暴に形だけの政治を行えばどうなるのかということです。

 政治は国民の生命と安全を守るものであり、それをただ政治家一身の名誉と栄達のために利用すべきでない、ということです。

 今日、大きな問題となっている地方や農村の疲弊、バスやタクシー、トラックなど運輸業界の過当競争による安全の崩壊は決して消費者の為になっていません。かつ、これらはあくまでも一部の現象と解すべきであり、一事が万事、いつ噴出すか分からない状況が秘められているところに衆愚政治の恐ろしさがあるのです。

 独裁者的に行われた衆愚政治の結末が、かつて無い地方の反乱を引き起こし、それにより自民党は、昨夏の参院選において歴史的惨敗を喫し、立党以来の最大の危機に直面しているのです。

 これらの現象は決して、ラストサムライさまの言われるがごとくの『内政に関して事細かな批判はあるでしょうけれど』などという能天気(のうてんき)な問題でないのです。まさに国家国民の死生の地、存亡の道なのです。

 そのゆえに、我々が政治家を判断する場合、(好き嫌いの感情でなく)彼がどのような思想を持ち、言動・行動において何をしてきたか、はたまた何をやろうとしているのかを厳しく監視することが肝要なのです。

 ラストサムライさまに選挙権があるのか無いのか分りませんが、少なくとも主権者たる国民は、(世間や大勢がどうあれ)平素から政治に関心を持ち、勉強し続けるという姿勢が重要なのです。それが民主主義国家の国民たる者の勤めなのです。

 これは決してラスとサムライさまが言われているような『聖人君子の理想』ではなく、極めて当たり前の現実的な問題なのです。世間や大勢がそうだからといって理論が間違っているわけではありません。いつの時代であれ真理は真理なのです。


(2)兵法とは何か・その一

 失礼ながらラストサムライさまは兵法というものが良く分っておられません。いつの時代であれ、またどんな社会であれ、その理屈に理があると分っていてもそのことに従いたくない人、反発したがる人は必ずいるものです。

 早い話がラストサムライさまとて、例えば「素直になれ」の重要性は認識されていると思います。しかし、だからといって、気に入らない人から「素直になれ」と言われても素直に従いたくないでしょう。それが人間というものです。

 そのゆえに、ラストサムライさまが言われているがごとくの『理路整然とした内容ですけど心に響かない内容ですね。知識だけの理屈を捏ねても云々』は、通常のごく当たり前の反応でありますから、(そのように反論されても)私は何の痛痒も感じません。

 しかし、問題は次の点にあります。つまり、兵法的に言えば、そのような謂わば程度の低い人を動かす方法が例えば「任侠」であり「情愛」なのです。言い換えれば、兵法に長けた人は、そのような人心操作の詐術をもって、物の道理の分らない人を手足のごとく動かすのです。

 もとよりそれが(先回の知行合一論で説明したごとく)正鵠を射たものであれば良いのですが、然(しか)らずんば、大いに問題があるということなのです。

 ゆえに我々は、その政治家の思想や言動、行動を平素からチェックする必要があるのです。つまり我々は、好き嫌いの感情で衆愚政治の片棒を担ぐことだけは民主主義国家の国民として避ける必要があるということです。その意味で、小泉元首相は、実に人心操作の詐術に長けた人と言うことはできます。


(3)兵法とは何か・その二

 失礼ながらラストサムライさまは、孫子の曰う『算多きは勝ち、算少なきは勝たず』<第一篇 計>の真意がお分かりではありません。孫子は算が多いから戦えとも、算が少ないから戦うなとも曰っておりません。

 それを偏見で解釈して『世界で一番強い国はアメリカです。彼らの価値観は日本人には理解し難いエゴの塊です。それを突付けば武力行使を辞さない。そういう民族なんです。ではそういう民族とやっていくにはどのような方法が日本にとって得策でしょうか?』などと言われているのは、まさに「孫子読みの孫子知らず」と断ぜざるを得ません。

 日本をアメリカの属州の一つの如くに勘違いされ、もしくは、そのように望まれてているとしか解されないラストサムライさまのお立場ではそのような御見解で宜しいのでしょうが、通常の日本人の感覚からすれば実に意味不明な論であります。

 もし、然(しか)りとすれば、日本は、例えば日清戦争も日露戦争も戦えず、ただ大国たる中国やロシアに命ぜられるがままに極東の片隅にひっそりと蹲(うずくま)っているだけのつまらない国家に成り下がっていたことでしょう。

 我々が今日あるのは、我々の父祖が敢然と立ち上がり、例えば、大国アメリカと戦った太平洋戦争の歴史があるからではないでしょうか。カミカゼの名が今日も世界に知れ渡っているのは、ことの是非はともあれ、我々日本民族の誇りではないでしょうか。

 私はアメリカと戦争しろと申し上げているのではありません。しかし、アメリカに逆らうな、唯々諾々(いいだくだく)とその命に従うべし、との売国奴にして国賊的な思想には組しないということです。

 そもそも、(一般的に言えば)他人のせいにするのが西欧人の思想であり、内に原因を求めるのが東洋人の思想です。例えば、日本の調査捕鯨船団を追う二つの環境保護団体の行動を見れば一目瞭然でありましょう。報道によれば、自分から日本船に乗り込んできてそのまま居座り、あろうことか「人質にされた、日本はテロ国家」だと世界に発信しているわけですから、その思想の何たるかは押して知るべしであります。

 つまり、言われている『彼らの価値観は日本人には理解し難いエゴの塊です。それを突付けば武力行使を辞さない。そういう民族なんです』などは当たり前のことであって敢て特筆に値するような内容ではないのです。それを踏まえてどう処置するかが兵法の兵法たる所以(ゆえん)なのです。

 ゆえにそのこと自体は問題でも何でもありません。問題なのは、まさに「だからそのような恐ろしい国に逆らうな、その方が得策である」と論じて憚(はばか)らない長い物には巻かれろ式の事なかれ主義、唾棄すべき避戦主義にあるのです。再度、孫子をキチンと学ばれることをお勧めします。


(4)日本の宗教は神道だけではありません。

 ラストサムライさまは、小泉元首相や神道に熱烈に帰依するゆえに『一国の首相が靖国神社で参拝することは戦争で亡くなった多くの兵士や遺族にとっては嬉しいことでもありますよ。遺族の者として私は嬉しかったですね。例えそれがパフォーマンスであってもです』と言われておりますが、ご存知のように日本の宗教は神道だけではありません。

 戦死し自動的に靖国神社の祭られている人が、例えば、仏教徒の場合、キリスト教徒の場合、無神論者の場合、彼らの心中は如何ばかりのものでしょうか。もとより、死者に思いは無いとして百歩譲ったとしても、そこに関わる戦死者遺族の方々の宗教事情も同じことなのです。

 ラストサムライさまのごとく単純に『一国の首相が靖国神社で参拝することは戦争で亡くなった多くの兵士や遺族にとっては嬉しいことでもありますよ。遺族の者として私は嬉しかったですね』と言えないことはお分かりだと思います。

 要するに、世の中のことは複雑怪奇なのです。平成19年を象徴する言として「偽」が選ばれました。しかし、あれはあくまでもいわゆる「氷山の一角」であり、巷には、彼の「振り込め詐欺」を始め、利権に群がる政治家の「偽」、国益を無視して省益を優先する官僚の「偽」、「離れではすき焼きを食っている」特別会計の「偽」、マスコミ報道の「偽」、宣伝広告の「偽」等々が溢れかえっております。

 油断をすれば喰われてしまうのがこの世の現実であり、能天気(のうてんき)では自滅せざるを得ません。吾人が孫子を学ぶ所以(ゆえん)であります。
posted by 孫子塾塾長 at 11:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事評論
この記事へのコメント
私は、好き嫌いで物事を言ってる訳ではなく大局を見据えて政治を行うことができるかそうでないかで語っているんです。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」 アメリカ特に西洋人はどんな民族なのかご存知ですか? 日本の常識は通用しません。オーストラリアの捕鯨船に対しての行為はご存知ですか? これは一例ですけど独裁的パワーポリティックスなんですよ。日本人は責任と権限を曖昧にし問題が起きても責任逃れできるようなシステムを作り上げます。 そういう悪しき積み上げによって疲弊した政治を改革しようとした彼は評価するべきであると言ってるだけです。宗教が違っても国家の為に戦った人達を弔うことは何か問題でもあるのですか?
孫子は戦争は絶対にしてはならないが、戦争するなら絶対に勝たなければならないと言ってますが、日本はアメリカと戦争をして負けた。それが今日まで国際的不利を強いられ依存型経済大国に成り下がった訳です。自国を自立した強い国家として築く為には、アメリカと協力しながら国内の過保護政策からの脱却また国内需要の拡大を計らなくてはならない。規制緩和をどんどんやり、お金の流れと雇用の流出によって適材適所が生まれ長い年月を経てて自立した国造りを行うことを目的としていたのではないでしょうか?
Posted by ラストサムライ at 2008年01月31日 02:33
 文字数の関係から、このコメントに対する回答は「8 ラストサムライさまへの返信(その二)」の記事としてアップ致しました。
Posted by 管理人 at 2008年02月04日 13:19
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